ラブホテル

Uncategorized

無理心中を図った男と快楽に悶えた女、偶然の再会の結末は…

ラブホテル(1985年 相米慎二監督)

第7回ヨコハマ映画祭作品賞を受賞。にっかつロマンポルノを代表する名作だ。5年前に発売されたブルーレイ(BD)は主演の速水典子の解説付き。BDで見る速水の裸体はうっとりするほど美しい。この作品を見れば、ポルノであろうと文芸大作であろうと、人が感動するポイントは同じだということが分かる。昔の映画監督は低予算で撮った男と女の性愛の営みの中に人間の悲喜劇を描こうとした。それが彼らの修業時代でもあった。
小さな出版社を経営し高利の街金に巨額の借金をした村木(寺田農)はヤクザに妻を寝取られて絶望。返済のめども立たないことから自殺するためにラブホテルに入り、道連れの相手を求めて名美という風俗嬢(速水典子)を呼ぶ。彼女をナイフで脅し、最後の楽しみとばかり手錠と電動バイブでもてあそぶが、名美は死の恐怖をも忘れて快楽に悶える。女のたくましき嬌態に圧倒され、村木はその場から立ち去った。
2年後、村木は街金の追跡をかわしながらタクシー運転手として地道に働いている。一人暮らしの彼のもとには妻の良子(志水季里子)が身の回りの世話のために通っている。ある夜、村木は勤務中に名美を見かけ、彼女を乗せて夜の横浜港へ。名美の様子を不審に思った村木は自殺するのではないかと心配になり、自分があのときの客だったことを明かす。
実は名美は勤務先のアパレル会社の上司・太田(益富信孝)と不倫関係。夫の浮気に気づいた妻の正代(中川梨絵)に会社に乗り込まれ、社員が見ている前で平手打ちを受け「泥棒猫」と罵倒される。妻は興信所を使って名美の身辺調査を行っていたのだ。村木は名美に同情し、過去の罪滅ぼしのため、正代が持つ調査書類を奪おうとする。こうして名美は村木の誠実さにひかれるのだった……。
BDのコメンタリー解説で速水は「この映画は人間の本質や性(さが)、業(ごう)を描こうとしている」と語っている。そこにあるのは幸せになりたいというはかない願望だ。美しい女は風俗嬢の過去に怯え、不倫上司は「おまえに近づく男はみんな、体目当てだ」と彼女を性の道具として見下している。
一方、村木は名美を「天使」と呼び、結果的に自殺を思いとどまらせてもらったことを感謝する。名美にとって村木は自分の価値を分かってくれる唯一の存在なのだ。村木は快楽をむさぼる名美の痴態によって命を救われ、名美は自分を辱めた村木によって初めて幸せをかみしめることができた。村木の誠実な姿と太田の薄情な態度のコントラストが女心の変化に説得力を持たせている。風邪薬を飲む際に村木に口移しでウイスキーのお湯割りを飲ませてほしいという名美のけなげさが実にいい。
相米監督はいくつもの小道具で名美が天使に昇華していくさまを描いている。たとえばサングラス。村木がサングラスをかけるのは2カ所。冒頭の名美を縛る場面と終盤の太田のマンションに押し入り興信所の書類を奪うシーンだ。前者では村木は名美を殺そうとし、後者では救おうとする。サングラスも名美に対する村木の心理の対比をさりげなく語っている。
名場面がいくつかある。冒頭の悶える名美の姿はエロチックであり、美しい。汗に光る肌に女の生命力すら感じさせるのだ。村木のタクシーが夜の横浜港でいったん名美を下ろし、離れたところまで走ってヘッドライトをこちらに向けて待機する場面もドラチック。2人が昼間の港で語り合うシーンでは近づいてきた漁船が弧を描いて海上を動き、映像にアクセントと広がりをもたらしている。
名美が太田に電話をかける場面では、妻の怒りを恐れた太田が「何の用?」と逃げ腰になり、電話を切ってしまう。山口百恵の名曲「夜へ」が流れる中、名美は受話器を握りしめ、聞き手のいない会話を続ける。今は自分を女として尊重してくれる村木に胸がときめく。だが不倫相手の太田にも未練が残っている。こうした揺れ動く女心を6分に及ぶモノローグで切々と語った。まれに見る熱演。歌と会話と表情の儚さが混然一体となって息が苦しくなるほど観客の胸に迫ってくる。女優速水典子の本領発揮といっていい。実はこの場面は2テイク目で、最初の撮影で録音にミスしたため撮り直したそうだ。

ネタバレ注意

ラストの素晴らしさは説明の必要もない。名美と村木はあの思い出のラブホテルで待ち合わせし、初めて肉体を交える。村木にとって名美は天使といえるほど大切な存在だ。本当の運命の人と出会った名美は悦楽の余韻に浸りながら「あした、私の部屋に来て。ごちそうするから」と誘い、村木は「忙しいんだ」と返す。
翌日の昼間、買い物袋を抱きかかえて石段を駆け下り、村木のアパートを訪ねる名美。だが男はすでにこの部屋から去っていた。この劇的な展開をカメラはパンプスをはいた名美の足元から表現した。
無言のまま買い物袋を置き、呆然たる表情で立ち去る名美。一方、村木の妻良子もいつもと同じように買い物かごを下げて歩いてくる。石段の真ん中で2人は互いを見つめ、名美は足早に駆け上がる。この場面で一羽の蝶が舞っている。CG合成ではない。本物の蝶だ。速水はBDのコメンタリーで「奇跡が起きた」と語っている。そのとおり、たしかに奇跡だ。あの蝶こそは日本アカデミー賞最優秀助演女優賞ものだ。そして2人が去った石段で子供たちがたわむれ、桜が舞い散るのである。
相米監督は物語のラストシーンから一切のセリフを排除し、男女3人の別れの結末を無言で表現した。セリフなしでこれほど胸に迫るラストを演出した日本映画は本作が初めてではないか。筆者は本稿を書くために5年ぶりにこの映画を見た。やはりラストで涙がこんもりと膨らんだ。というより、年を取れば取るほどこの映像に魅了されるのだ。
村木がなぜ去っていったのかは分からない。ラブホテルで名美を抱き終え寝かしつけたあと、鏡に映った自分を見つめる村木の表情には自己嫌悪めいた憂鬱が見受けられる。名美と良子という2人の女の間に身を置くことに後ろめたさを覚えたのか、それとも若い名美の未来のために身を引いたのか……。いずれにせよ男は何かから逃れるように姿を消した。あとに残ったのは女たちの失意と哀しみだろうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました