悪魔のいけにえ

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チェーンソーでに切り刻まれる若者たち

悪魔のいけにえ(1974年 トビー・フーパー監督)

筆者は高校時代の1975年2月、九州・小倉の映画館で本作の封切り公開を見た。劇場の前に立て看板が設置され、こう書かれていた。

「その怖さ、不気味さ、不快さは映画史上例がないといっていいものである。アメリカ本国では11月初頭からまずテキサス州で封切られた。つづいて2週目から全国の劇場で一斉に封切られたがその描写のあまりのすごさ(非道さ)に批評家は批評を拒否するなど異常事態が発生した。劇場主も内容のすごさに驚いて翌週から上映を打ち切るところが出たほどである」

これを読んで「ほんとに怖いんかい?」「どうせ宣伝文句だろ」と眉にツバをベットリ塗って木戸銭を払ったら実際に怖かった。本当に怖かった。

それから30年ほどして、ある映画宣伝マンに「オラは『悪魔のいけにえ』を封切りで見たぞ」と自慢したら、「それは珍しい。貴重な体験です。ボクの周りにも封切りで見た人はいません」と感心された。ちなみに公開当時のパンフの解説には本作の原題「The Texas Chain Saw Massacre」の訳として「テキサスの自動のこぎり大虐殺」と記載されている。

若者5人が田舎にドライブし、顔に人間の皮膚を張り付けた大男(レザーフェイス)に殺されるストーリー。メンバーは男がカークとジェリー、フランクリンの3人。女はパムとサリーだ。フランクリンは障害者で車椅子に乗り、サリーは彼の妹である。

彼らはこのところ墓荒らしが続いているテキサスをワゴン車に乗ってドライブに出かける。途中で頭のおかしいヒッチハイカーを乗せてトラブルになり、ガソリンが心細くなったためスタンドで給油しようとするも、「ガス欠だ」と断れる。メンバーのフランクリンと妹のサリーが子供時代を過ごしたボロボロの家を見学しているとき、カークとパムが少し離れた場所の家を発見。カークがガソリンを分けてもらおうと中に入るといきなりレザーフェイスが現れてハンマーで一撃。さらにカークを探して足を踏み入れたパムも捕まる。

2人が戻ってこないのを心配して、ジェリーが探しに行き、同じように例の家に入ると、大型の収納ボックスから物音がする。ふたを開けるとパムが幽霊のように起き上がり、ビックリしたジェリーにまたもレザーフェイスがハンマーで襲いかかる。

残ったのはフランクリンとサリー。3人がいなくなり、心細くなったこの兄妹はよせばいいのにクルマのクラクションを鳴らし、暗がりの中を仲間を探しに行く。そこに現れたレザーフェイスは車椅子のフランクリンを大型のチェーンソーで殺し、サリーを追いかける。グゴゴゴーンと響き渡るチェーンソーのエンジン音、絹を裂くような女の悲鳴。女は逃げる。ひたすら逃げる。レザーフェイスは追いかける。ひたすら追いかける。女が振り返るとすぐそこにノコギリが迫っている。筆者は座席に座って鑑賞しながらサリーの恐怖が他人事でなくなり、「逃げろ~!」と言って両足をバタバタと高速回転させてしまった。この先にサリーが味わう第2の恐怖があるのだが、ネタバレになるので語らない。

本作は前半はジワジワと押し寄せる不気味さ、後半は正体を現した狂人ファミリーという構成になっている。前半でクルマに乗せてやったヒッチハイカーは自分の手の平をナイフで切って面白がる一種の狂人。この男が楽しいドライブに待ち構える惨劇を暗示して後半につながる。恐怖が忍び寄ってくるのだ。

レザーフェイスに殴られたカークは頭から血を吹き出して全身を痙攣させ、さらにハンマーの打撃を受けて大人しくなる。捕まったパムは食肉用の大型フックに吊り下げられ、泣くような悲鳴を上げる。足元には流れ出した血をためる桶が。その彼女の目の前で恋人のカークがチェーンソーで解体されていく。まさに悪魔の光景だ。パムを軽々と持ち上げて運び去るレザーフェイスの巨体も恐ろしい。狂人の家には人間のドクロが並び、床は鶏の毛に覆われて汚らしい。ここに1日でも住んだら、どんな健康人でも病気になるだろう。青汁も養命酒もキューピーコーワゴールドもかなわない。

昔の日本には「鋸挽き」という刑罰があった。罪人を首だけ出した格好で土中に埋め、そばに竹製のノコギリを置いて、通行人に首を切ってよろしいと告知した。ただし実際に首を切る者はおらず、単なる見せしめだった。本気で切ろうとした男を見張りの役人があわてて止めたという記録も残っている。

09年には覚醒剤を密輸していた男が千葉・船橋のホテルで会社員の首を電動ノコで切る事件も発生。犯人は命乞いする被害者に「動いちゃ駄目だろ、切れないじゃないか」と言って犯行に及んだ。この凄惨な事件で本作と「スカーフェイス」(83年)を思い浮かべた人もいるだろう。

見逃せないのはレザーフェイスが2人目のジェリーを撲殺したあとの行動だ。ワァーッと叫びながら窓辺に駆け寄って屋外をうかがい、苦悩するように両手で顔を覆ったあと舌なめずりする。観客は「この男、どんな精神構造?」「人殺しを後悔してる?」と殺人鬼を生身の人間ととらえ、一段と不気味さを感じてしまう。そういえば邦画「復讐するは我にあり」には、主人公が人を殺した後、マフラーで自分の首を絞めるシーンがあり、殺人者の葛藤を垣間見ることができた。傑作は細かい演出を埋め込んでいる。

公開当時、新人監督の名前“Tobe Hooper”の読み方が分からなかったのだろう、パンフには「タブ・フーパー」と記されている。

 

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