ウォール街

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カネを求めすぎてカネに裏切られた証券マンの自業自得

ウォール街(1987年 オリバー・ストーン監督)

何度見ても新鮮な感動を味わえる作品だ。

日本公開は1988年4月。当時のパンフレットに「日本でも機関投資家から主婦、OLまで株式投資に走り、財テクが新しい社会問題になっている折、まさにタイムリーな映画の登場だ」と書かれていた。すでに「社会問題」になっていたのだ。

日本人は本作に資本主義の危うさを読み取ったが、それを教訓にできないまま狂ったように金儲けに走り、バブル崩壊のカタストロフィーにのみ込まれたことになる。日経平均は89年の大納会で3万8915円をつけたあと右肩下がりとなり、バブル崩壊が始まった。本作の公開後、「新自由主義」「金融資本主義」などの言葉が広まった。今の若者は好景気を知らずに育ったとされる。90年から今日までは「失われた時代」と言えるかもしれない。

90年の夏、筆者はある有名カメラマンと女性モデルを連れてサイパンロケに出かけた。カメラマンが夜になると東京の証券会社に国際電話をかけて「株が下がり続けてる。どうすればいい」と文句を言っていたのを思い出す。彼も御多分に漏れず、株に投資していたのだ。狂乱のバブルが終り、狂乱のバブル崩壊が始まったとき、やっとこの「ウォール街」の意味することが分かったような気がした。カメラマンはその1年後、高級外車を売却した。

舞台は1985年のウォール街。ニューヨーク大学を出た若き証券マンのバド・フォックス(チャーリー・シーン)は金融業界がハーバード大卒ばかりをエリート扱いすることに反感を抱き、いつか金持ちになってみせるとの野望を抱いていた。彼は何カ月もかけて実業家のゲッコー(マイケル・ダグラス)との面会を申し込み、やっと5分間だけ許可される。「世の中で最も重要なのは情報だ」と豪語し、カネにならないことは一切やらない非情の男ゲッコーに、バドは苦し紛れに父カール(マーチン・シーン)が勤めるブルースター航空の内情を教える。この情報で気を良くしたゲッコーはバドを自分のビジネスパートナーに迎えて高級スーツを買い与え、セレブを紹介。バドはインテリアルデザイナーのダリアン(ダリル・ハンナ)と恋に落ち、2人は熱烈なセックスに溺れる。実はこのダリアンはゲッコーがパトロンになっている女だった。

ゲッコーの取引を担当することになったおかげでリッチになり、高級コンドミニアムと美女を手にしたバドだが、ここで問題が。ゲッコーがカールが勤務するブルースター航空を買い取る計画を練っているのだ。ゲッコーは会社を再建させると言うが、実は買い取ったあとはすぐにバラバラに切り売りして儲ける魂胆だ。

技師として作業現場で働き、熱心な組合員でもあるカールは話し合いの際、渡された書類を一読して「長生きすると、奇妙なものを見るもんだ」とゲッコ―の策謀を見破る。彼はその後、心臓発作で倒れて入院。父を見舞ったバドはゲッコーを蹴落とすべく、英国人投資家でゲッコーのライバルのワイルドマン(テレンス・スタンプ)に、ブルースター航空を組合つきで買い取ってほしいと交渉を開始。ワイルドマンは同社の株をめぐってゲッコーを相手に激しい攻防戦をくり広げるのだった。

株取引のビジネス戦争ものだが、父と子の物語でもある。若きバドは会社から年俸5万㌦を支給されてもカネが足りず、年収4万7000ドルで堅実に生きる父カールを半ば軽蔑している。彼の夢は30歳までにひと財産をつくり、残りの人生を遊んで暮らすことだ。そのためなら何だってやるつもりだからこそ、違法なマネーゲームにのめり込んでいく。相撲の世界では「カネも女も土俵に埋まっている」というが、バドは金融界という土俵でゲッコーから悪しき影響を受け、富と名声と女を求めて善悪の判断を誤った。
人生経験が豊富で、組合活動を尊ぶカールは最初からゲッコーの正体を見抜いていた。バドに「おまえはあいつに利用されている」と忠告したのは、息子が塀の向こうに落ちることを予感していたからだ。不幸にも予感が的中してバドはインサイダー取引の容疑で逮捕され、父のような地に足が着いた生き方こそが正しいのだと痛感する。ゲッコーはビジネス上の育ての親だったが、貧しい実父は彼よりずっと偉大だった。
そういえばホリエモンの父は息子が逮捕されたとき「文無しになったらいつでも帰って来い」とメッセージを発した。彼もカールもわれわれサラリーマンも同じ。父はわが子に物事の本質を説き、進むべき道を示さなければならない。

印象に残るのが入院中のベッドでカールがバドを見るなり、口にくわえたタバコを取り上げる場面。生きるか死ぬかという局面においてもなお、父は息子の健康を願い、幼い子供にするように喫煙を諌める。父は常に息子を思い、離れたところから息子の行動を見ている。そうした愛情が新自由主義の欺瞞と虚構を見破った。繰り返しになるが、なぜ本作がヒットしたのに、当時の日本人は「カネに溺れてはいけない」と自分たちを戒めなかったのだろうか。残念でならない。

 

蛇足ながら

米国映画ではよく、若者が大学を出たあと借りた学費を返済するために苦労するくだりが出てくる。日本では私立大学の文科系学部に進んだ場合、授業料は年間で100万円ちょいだが、米国は各段に高い。ハーバード大学は年間500万円、つまり卒業するまで2000万円かかるのだ。

日本の大学生は親のスネをかじって学費を出してもらうのが普通だが、米国では学生本人が学資ローンを組み、卒業後に自分で返済するのが当たり前という。これでは金融の世界で一攫千金を夢みたくなるのも無理はない。ケビン・スペイシー主演の「マージン・コール」(2011年、J・C・チャンダー監督)にはそうした若手社員が悲嘆にくれるシーンがあった。

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