狼よさらば

際限なく続く平和主義者の復讐劇

狼よさらば(1974年 マイケル・ウィナー監督)

「丹頂チック」という整髪料がある。ポマードを押し出して髪に塗るもので、筆者の父はこれを使っていつも頭がベトベトだった。1971年、発売元の「丹頂」が突然「マンダム」に社名を変えた。新発売のマンダムシリーズのCMにチャールズ・ブロンソンを起用してバカ売れしたからだ。当時はブロンソンのバタ臭い顔が人気となり、老いも若きも「う~ん、マンダム」と言って悦に入った。そのブロンソンが復讐に燃える男を演じたのがこの「狼よさらば」である。
ニューヨークで愛妻と暮らす設計士のカージー(ブロンソン)を不幸が襲った。自宅を襲撃した強盗によって妻が殺害、娘がレイプされたのだ。美しい娘はショックで精神科病院に長期入院することに。悲嘆のカージーはアリゾナ州に出張。現地で久しぶりに射撃をやり、顧客からお土産として32口径の拳銃を贈られた彼は、夜の街で次々と強盗を射殺するのだった。
人間の本能を描いたドラマだ。カージーは射撃の腕前は一流だが人殺しが嫌で、若いころに従軍した朝鮮戦争では医療部隊に所属した。そんな平和主義者が自警団を意識して殺人を始める。ただし最初の強盗狩りをするまでにためらいもあり、良心との葛藤を経て拳銃を忍ばせて夜の街に出て行く。人間の心理変化を丁寧に描いているため骨太のドラマとなった。
カージーは理性的な男だから最初の殺しで罪悪感に苦しむ。だが慣れとは恐ろしいもので、殺しを続けるうちに周囲が違和感を覚えるほど明るさを取り戻す。
ただし問題がある。復讐行動に終わりがないのだ。通常の仇討ちは敵を成敗したら決着がつく。江戸時代の仇討ちも同じ。本懐を遂げた段階で報復は終わり、武士は自藩に帰国した。

ところがカージーは襲撃犯が誰なのか分からないため不特定多数の強盗を仮想の真犯人に見立てて射殺するしかない。悪人殺しで気は晴れるが、終着点がないので新しい獲物を求め続ける。シャブ中のキメセクのように延々と喜びが続くわけだ。しかも市民の支持が心地よい。心理学者が言う「テロリストは大衆の反応を気にして行動を起こす」となる。
かくしてカージーは血に飢えてしまう。警察から自分が疑われていることを警告されながらも、包囲をかいくぐって強盗狩りに出掛けるのはすでに殺人願望を止められなくなっているからだ。そこには死にたいという気持ちある。本作の原題が「Death Wish」なのはそのためだ。

要するに平和主義者の中に眠っていた狩りの本能が目覚めてしまった。結末の空港のシーンはそのことを暗示している。

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