感染列島

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映画が予見したコウモリの毒性と人工呼吸器不足

感染列島(2009年 瀬々敬久監督)

感染症の恐怖を描いた映画では「アウトブレイク」(1995年)や「コンテイジョン」(2011年)などがある。「ベニスに死す」(1971年)も疫病の蔓延を背景にした一篇だった。新型コロナで世の中はいまも右往左往している。そんな中、あらためて見たくなったのがこの「感染列島」だ。

2011年の正月、東京・いずみ野市の市立病院に急患が運び込まれ、若手医師の松岡(妻夫木聡)が治療を担当する。患者は肺炎の症状を示し、目と口から血を流して苦しみながら死亡。松岡には安藤(佐藤浩市)というベテラン医師の先輩がいるが、彼は患者からの感染で死亡する。

この病気の発生源が何なのは分からない。まもなく市内の養鶏場が鳥インフルエンザウイルスを広めたとされ、経営者は市民の憎悪を浴びて首吊り自殺を遂げる。

感染症を発症した人々が病院に駆け込む中、WHOからメディカルオフィサーの栄子(檀れい)が赴任してくる。栄子は松岡の元恋人だ。正月に始まったウイルス拡散はエスカレートし、1月21日には感染者が4127人、死者は1989人に。世界はこのウイルスを「ブレイム」と呼び始める。「神の責め苦」という意味だ。患者が次々と死亡する事態に気の弱い医師は栄子に当たり散らす。

やがて栄子の尽力によって最初の死亡者の義父が東南アジアの小国でウイルスに感染して帰国していた事実が判明。だが栄子自身も感染するのだった……。

新型コロナの蔓延については、政府の対応が後手に回ったとの指摘がある。政府が事前にこの映画を見ていればもっと明確に事態を予測できていたのではないかと思えるほど現在の状況に近い。

現下の新型コロナウイルスの感染源は武漢市のコウモリとされているが、本作でもウイルスの宿主は東南アジアのコウモリだ。人工呼吸器が圧倒的に足りないのも現在の日本の医療体制と同じ。映画では意識不明の幼い男児から呼吸器を外して大人の治療に使わざるえないという悲劇的な事態に陥る。

町は自衛隊が出動して封鎖。住民は狭い地域に閉じ込められ、パニックで物資の買い占めに走る。極限に追い詰められた人間の恐怖と集団ヒステリーが生々しい。

養鶏場の経営者が自殺したのは責任を痛感した上に「何人殺せば気がすむんだ」と嫌がらせ電話を受けたからだ。悪意の投石で彼は自宅の窓ガラスを割られ、中学生の娘は学校でいじめを受ける。感染源は彼の養鶏場とは無関係だった。それなのに彼は自殺に追い込まれた。父が〝無実〟だったと知ったときの娘の憤りと悲しみは察してあまりある。

現実の新型コロナ騒ぎでは医師や看護師の子どもたちに「学校に来るな」との心ない声が上がった。「自粛警察」と呼ばれる連中が休業要請に従わないスナックなどに悪意の張り紙をした。愛媛県今治市では30代の男性感染者を名指しして「おい、〇〇(名前)!この顔に、ピンと来たらコロナ注意!」と書いたビラが飲食店などの店先に置かれていた。青森市では東京から帰省した人の実家に「なんでこの時期に東京から来るのですか。さっさと帰ってください」と書かれた紙が投げ込まれた。1938年の国家総動員法とその後の隣組による監視社会を思わせる話だ。日本人の同調圧力には猟奇的な恐ろしさがある。

新型コロナによる死亡者は本稿を書いている8月11日時点で1058人だ。医療関係者が全国への感染拡大を懸念しているのに、政府は7月末に「Go To トラベルキャンペーン」をゴリ押しして事態を悪化させた。自民党の保守政治は人命軽視ということだろう。

そういえば、小池東京都知事は3月半ばに東京五輪の延期が決まったあとで新型コロナ対策に前向きになった。五輪を実現させるためにコロナを見て見ぬふりをしていたような印象さえ受ける。東京の感染者が激増したのはちょうどそのころで、テレビのコメンテーターは「五輪のためにPCR検査を抑えていたのではないか。あるいはあまり危機感をあおらないようにしていたのではないか」と疑問を投げかけていたが、たしかに怪しい。実に怪しい。その小池知事が再選されたのはコロナ禍の中で政治を混乱させたくない都民の保守的な心理のおかげだろう。コロナが小池知事に味方したわけだ。

劇中の「神の責め苦」という言葉も意味深だ。最近はグローバリゼーションという大義のもとに大量の外国人観光客を招いた問題を指摘する声が起きている。グローバリゼーションの行き過ぎが新型コロナの一因というのだ。「観光立国を目指す」と大衆をあおり、カジノで成長戦略を粉飾しようとする現政権に神が怒ったのだろうか。

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