十階のモスキート

現役警察官が落ちたサラ金の泥沼地獄

十階のモスキート(1983年 崔洋一監督)

内田裕也が「水のないプール」(1982年)に続いて映画主演を務めた問題作。崔洋一の監督デビュー作でもある。
舞台は千葉県君津市。交番に勤務する男(内田)は妻に愛想を尽かされて離婚し、悶々とした日々を送っている。警察の昇任試験を何度も受けているが、今回も不合格だった。その反動のように競艇にのめりこみ、別れた妻のTOSHIE(吉行和子)から月額12万円の養育費を払えと電話でうるさく催促される。
競艇で負けたある日、男はサラ金でカネを借りる。このカネで負けを取り返そうとするが、現実は舟券が紙くずになるばかり。警察手帳を見せてさらに複数のヤクザ系金融業者から借りまくり、当たり前のように多重債務の返済不能に陥る。やがて交番までヤクザが取り立てにくるようになり、男は泥沼にはまるのだった。
80年代前半の世相が懐かしい。評論家の竹村健一はテレビであやしげな説教をたれ、群れた若者たちは原宿で踊り狂う。男の高校生の娘RIE(小泉今日子)も竹の子族のメンバーだ。いたずらにアメリカナイズした文化の中で親を親と思わない言動を吐き、生意気な女友達を引き連れて金欠の父親から万札を巻き上げていく。
男の趣味はパソコンで、サラ金で借りたカネで高価な製品を買い、自宅で孤独なボウリングゲームを楽しんでいる。行きつけのスナックのツケがたまり、雇われホステスのKEIKO(中村れい子)といい仲になるが、彼女が苦境を救ってくれるわけではない。

絶望的な暮らしの中で、女性に対するやりたい放題の暴走が始まる。スーパーで万引きをした女(アン・ルイス)を警察手帳をちらつかせて自宅に連行してレイプ。駐車違反に厳しい婦人警官(風祭ゆき)にも手を出す。法律も何もあったものじゃない。そうした中、返済地獄は深刻化するばかり。
男が取り立てのヤクザに向って繰り返す「あと3日待ってくれ。3日後にちゃんと返す」という絶望的な言葉に観客は暗澹たる気分になり、「俺だったら、どうやって切り抜けるか」と自問しつつ、どん詰まり男に感情移入してしまう。ジワジワと襲ってくる不安感に、主人公の破綻が他人事でなくなるのだ。
おそらく男は生まれつきの破滅型人間なのだろう。それがたまたま警察官になり、40代に至っても思うように出世できない。そのことを薄情な元妻にこき下ろされ、警察署長(佐藤慶)から厳しく叱責される。妻も娘も署長もサラ金業者も、みんな男の敵だ。だから暴走してしまう。だが彼らを敵に回してしまったのは男が意志の弱い人間だからである。それなのに男は暴走に向かう。
こうした自滅していく人間が現実社会にもいるものだ。たとえば81年に起きた深川通り魔殺人事件の川俣軍司や、2008年の秋葉原通り魔事件の加藤智大など。彼らはわが身の不幸を他人の責任に転化しようとして逆上。罪のない人々を傷つけた。川俣軍司は寿司屋の採用面接に落ちたことで自暴自棄になり、身勝手な殺意を抱いた。本作の男も同じ。映画という架空の人間の枠を飛び越えて迫ってくる。彼はわれわれの中に潜んでいる“もう一人の自分”かもしれない。
公開当時16歳の小泉今日子が初々しい。これにビートたけしが演じる客をなめきった競艇の予想屋、「400万円の勝ちや」と余裕しゃくしゃくの競艇ファン(横山やすし)など愉快なキャラが加わり、見る者を最後までグイグイ引き込んでいく。
中村れい子は「水のないプール」では内田から一方的な性行為を受ける役だったが、本作では美しい肉体で濃厚な和姦を披露。胸も尻も唇もエロっぽい。彼女の全裸だけでも見る価値ありだ。中村は現在60歳。どこで何をしているのか。あのエッチな美貌は衰えていないのだろうか……。

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