「激突!」 戦車なみの大型トレーラーにつきまとわれ、砂漠を逃げ回る恐怖のドライブ

戦車なみの大型トレーラーにつきまとわれ、砂漠を逃げ回る恐怖のドライブ

激突!(1971年 スティーブン・スピルバーグ監督)

日本での初放送は1975年1月、「日曜洋画劇場」でだった。当時、筆者はまだ運転免許を持っておらず、「クルマを運転するのはこんなに怖いことなのか~。くわばらくわばら」と体が震えた。あれから40年以上が経過し、あおり運転などで死亡者が出る世の中になった。「水と安全はタダ」などと言われていたわが日の本の国にいつしか暴力的な狂気が棲みついたわけだ。結果論だが、本作は日本人の未来を予言していたということになるだろう。
スティーブン・スピルバーグ監督は1946年12月生まれ。本作の公開時はまだ24歳だった。若くして天才ぶりを発揮したと言えよう。
本作がテレビ放映されたとき、「この作品はテレビ放映用のテレフィーチャーとして作られてから劇場でかけられた」との解説がなされた。日本でテレフィーチャ-という言葉が広まったのはこの「激突!」による。テレビ放送を見て本編なみの迫力に圧倒され、「スピルバーグとは何者ぞや?」と思っていたら、放送の11カ月後に同監督の「ジョーズ」が日本公開され、観客を怖がらせた。ここからスピルバーグの快進撃が始まった。「ジョーズ」の米国公開は75年6月。この年は彼にとって記念すべき年といえよう。
ストーリーはご存じの通り。中年男のデイビッド(デニス・ウィーバー)が商談のためにドライブに出かけ、前を走る大型トレーラーを追い越したことから嫌がらせを受け、さらには命まで狙われる話。追い抜いた直後にトレーラーが抜き返し、デイビッドの前で蛇行運転。相手の運転手は窓から腕を伸ばすだけで顔は見えない。クラクションを鳴らし、ディーゼルエンジンの雄たけびとともにつきまとってくる。
踏切で列車の通過を待っていると後ろから巨体で押してくる。警察に救援を求めて電話ボックスに入れば体当たりでボックスをなぎ倒す。ネズミをもてあそぶ猫さながら。その車体は古ぼけてサビも浮かぶ茶色。桜田淳子なら「悪魔の色よ!」と叫びそうだ。
本作は「ジョーズ」の原型だ。大型トレーラーは巨大生物のように人間に襲いかかる。走り去ったと見せかけながら、道を戻ってトンネルで停車。暗がりでヘッドライトを点灯させる姿はまるで猛獣の双眸を見開くがごとし。車体の裏側はサメの腹のように気味が悪い。その巨体が戦車なみのパワーで突進してくる。いうなれば戦場で重量1トンのジープと50トンの戦車が格闘しているようなもの。しかもこの戦車は足が速い。ガタイがでかいくせに時速150キロでぶっ飛ばしてくる。見終わった夜、無人の荒野でこわもての大男につきまとわれ、逃げても逃げても執拗に追いかけられる悪夢にうなされそうだ。
発端は走行中にデイビッドが追い抜いたこと。それだけで相手は殺意を抱いた。姿は見えないが、狂気の所業だろう。おそらく敵は自分のほうが車体が大きいことを意識し、「俺のほうが格が上だ。だから何をやってもいいのだ」という全能感に浸っているのだろう。日本のあおり運転の連中も同じように野蛮なメンタリティー。チンピラどもが自分は何をやっても許されるという思いで幅寄せしたり、他人に難癖つけたり、殴ったりしている。
大型トレーラーの物理的衝撃とともに、スピルバーグは心理的恐怖でも押してくる。ポイントは前半のドライブインのシーン。デイビッドはどの客が問題の運転手なのかを見極めようと店内の男たちを一人ずつ見つめる。客たちの顔がアップになり、「あいつだろうか」と自問する怯えと焦りが観客に伝わってくる。その一方で「ヤツは俺をちょっとからかっただけなんだ。冗談なんだろう」と自分に都合よく解釈したりもする。こうした葛藤は昨今よく耳にする災害時の「正常性バイアス」に近いものがある。
つまり本作のストーリーはトレーラーという目に見える脅威と、自分に襲いかかってきたのがどんな人間なのかが見えない心理的恐怖の2本柱で構成されている。低予算の作品ながら長らく人々の記憶に残っているのはこの2つの要素が巧みに絡み合っているからである。
デイビッドは仕事の相手には見くびられ、そのとこについて妻に説教されるがきっぱり反論できない気弱な男だ。しかもハイウエーに味方はいない。トレーラーの殺人運転手だけでなく、ドライブインの店主やその他大勢の客、スクールバスのドライバー、はやし立てる子供たち、ガラガラヘビまでが彼に立ち向かってくる。その孤軍奮闘ぶりは同じスピルバーグの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ターミナル」「シンドラーのリスト」に通じるものがある。男の戦いは孤立無援が面白い。

ネタバレ注意

ラストに襲ってくるはエンジントラブル。ラジエーターが故障し、登り坂を逃げる際にアクセルを踏んでも加速できないためひたすら焦るが、頂上からはギアをニュートラルに入れて急降下。ところがエンジンブレーキがきかないためコントロール不能だ。もちろん大型のモンスターは背後に迫っている。
それでもなんとか運転し、トレーラーを待ち伏せしたのち、愛車を激突させる。さしもの殺人ドライバーもデイビッドの作戦に気づかず、崖から転落。スローモーションで滑り落ちる光景に、見ているこちらも「ざまあみろ!」と言いたくなる。
谷底に落ちたトレーラーの映像が続く中、印象的なのが運転席の扇風機がかすかな音を立てて回っている光景だ。ほんの数分前までここに生きた人間が座っていた。扇風機を使うほど暑い。暑いから狂気の度合いを増して乗用車に襲いかかった。どんな男なのか――。ドライバーの姿は最後まで見えないが、この運転席でのドラマが伝わってくる。扇風機ひとつで余韻が残るものだ。
スピルバーグ監督がデイビッドのクルマを赤いボディカラーにしたのは、人間を刺激しやすい色だからかもしれない。もし白やブルーだったら、トレーラーの運転手はここまで発狂しただろうか。

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