濹東綺譚

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老作家が若き娼婦への情愛に逡巡する「大人のメルヘン」

濹東綺譚(1992年 新藤兼人監督)

津川雅彦はあまり好きではないが、この作品はいい。永井荷風の同名小説をドラマ化した。
昭和初期の東京。作家の荷風(津川)は若い愛人を囲い、バーの女給に手を出して脅されるなど放蕩をくり返していた。そんなおり、玉の井を散策中にお雪(墨田ユキ)という娼妓と出会って馴染みになる。次第にお雪への情が深まる荷風。ついには「私をお嫁さんにして」という頼みを承諾するのだった……。
本作の公開当時、AV界で「彼女はうまくやったね」という声が上がった。彼女とは墨田のこと。実は彼女は1987年に「雨宮時空子(あまみやときこ)」の名でデビューしたAV女優だった。新藤監督はそのことを知らずに本作のヒロインに墨田を起用。後日苦笑した。
AV出身の墨田は演技の修業をしたことがないのか、セリフはまるで素人。だが、そのぎこちなさが逆に女の純情可憐さをうまく表現している。甘えるように「あなた」と呼ぶ声が可愛い。
最初は和風の顔が白塗りでのっぺりしているが、おしろいを落とすと一気に美しさを増す。お雪の名にふさわしく全身が美白。スレンダーな全裸を惜しみなく披露し、荷風と交合して切なくうめく。表情と声が実に艶めかしい。
荷風は58歳の初老の男。「あと10年若かったらなぁ」と嘆息する。お雪は借金のために売られた25歳。不幸だが気立てが優しく、けなげな明るさを放っている。だから荷風は彼女に引き込まれる。そう考えると本作は大人のメルヘンだ。
現代の中高年男性にもお雪のような女と出直したいと思っている人がいるだろう。だが加藤茶でもないかぎり、親子以上に年が離れた女の人生を保証できない。だから文豪の荷風も悩むことになる。
新藤監督は原作にない置き屋の女将(乙羽信子)を設け、愛息が戦死するなど日中戦争の悲劇を盛り込んで物語に奥行きを出した。古き時代の色街のたたずまい、お雪の伝法な物言い、荷風が呟く文学的独白など戦前の風情が存分に表現されている。林光による音楽も秀逸。男と女のほろ苦い結末が胸に染みる。

 

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