クヒオ大佐

中年女性はなぜ、結婚詐欺師に騙されるのか

クヒオ大佐(2009年 吉田大八監督)

クヒオ大佐は1984年に日本で逮捕された結婚詐欺師。「私は米空軍のパイロットで父はカメハメハ大王の末裔、母はエリザベス女王の双子の妹。東大大学院で博士号を取得した」と吹聴していたが、実は北海道の職業訓練学校を出た日本人だった。
彼は狙った女性に電話し、音声テープを使って飛行中のファントムから通話しているよう装った。こんな子供だましの手口に女性たちが引っかかったのは、クヒオが「結婚したら英国王室から3億円が支給される」と大ウソをついたからだ。実際、4500万円を詐取された被害者もいたのだから、結婚詐欺師恐るべしである。
吉田和正の原作「結婚詐欺師 クヒオ大佐」(新風舎)は週刊誌記者がクヒオを更生させる小説で読み応えがある。その後、出版元を替え、映画は大幅に内容を変更。堺雅人演じるクヒオが米軍将校の衣装を身にまとって3人の女にコナをかける。弁当屋の女性社長・しのぶ(松雪泰子)と博物館員の春(満島ひかり)、銀座ホステスの未知子(中村優子)だ。
クヒオは肉体関係でしのぶからカネを引っ張り、春とも男女関係に至るが、未知子は彼より一枚上手だったという展開。クヒオのドジぶりが笑える。彼がGI風の軍服を着た姿は映画「復讐するは我にあり」(1979年)の緒形拳のようだ。考えてみると「復讐するは――」の主人公の連続殺人鬼も“センミツ”と呼ばれるほどの大ウソつきだった。センミツとは千に三つしか本当のことを言わないという意味である。
3人の女性の中で注目はしのぶだ。彼女はクヒオを怪しいと疑っている。だけど彼を信じて幸せになりたい。だから従業員の給料までクヒオに貢ぎ、パート女性たちの吊るし上げに遭う。しのぶには達也(新井浩文)というデキの悪い弟がいて、弁当屋の経営を姉に押しつけて家を出ていたくせにふらりと舞い戻る。しのぶがクヒオにだまされていることを見抜いて100万円を取り戻すものの、姉に渡さず自分のポケットにしまい込む。そのカネはクヒオがしのぶから新たに巻き上げたものだった。要するに、しのぶをクヒオと弟が食い物にする構図である。
一方、春は恋人や親友に裏切られ、自暴自棄になってクヒオを信じようとする。だが彼女はバスの中で見かけたクヒオそっくりの服装の男を尾行し、彼が立ち寄った店でクヒオの正体に気づく。世の中にはマニアがいるのだ。
秀逸なのは終盤に用意されたウソの語りと流れるような映像で紹介されるクヒオの生い立ち。幼少時代の悲惨な体験が彼をウソつき男に仕立て上げたのだろうか。わずか数分の映像だが、不幸が人間にどう作用するのかを考えさせられる内容だ。
ラストで米軍が登場するのは、クヒオが「俺は米国軍人だ」との妄想に取りつかれていることを物語っている。要するにクヒオも被害女性も幸福の妄想にどっぷり。同じ穴のなんとやらであるかぎり、結婚詐欺師の種は尽きまじだろう。

蛇足ながら

最近、婚活詐欺の被害が増えている。男が婚活サイトで出会った女性にマンションを買わせる手口。国民生活センターのHPには被害者の「不安はあったが、男性を信じたい気持ちもあり、いくつかの書類にサインをした」との相談が掲載されている。女性は男を信じることでかりそめの幸福を味わい、不幸に突き落とされるようだ。
以前、結婚問題を専門にしている女性言論人からこんな説明を受けた。婚期を逃した女性は、すでに結婚・出産して幸福をつかんだ同級生や友人を見返したという一心から、玉の輿を狙おうと焦っている。それしか自分の劣等感を穴埋めする方法がないからだ。玉の輿とは大金持ちと結婚することだけではない。年下のイケメンや金髪の白人青年だ。女同士の食事の席に彼らをさりげなく呼んで見せつける。周囲の同級生が「え、こんなイケメンと付き合ってるの?」と目を丸くするさまを見て積年のコンプレックスを払拭するわけだ。つまり金持ちやイケメン、白人男は“負け犬”女性にとって最高のアクセサリー。クヒオのように英国王室との関係をちらつかせる男にコロリとだまされ、大金を差し出してしまうのも無理はない。
本作のクヒオは堺雅人が鼻を高くする特殊メイクをしているが、実際のクヒオも小鼻と鼻孔を削る整形していた。逮捕時に週刊誌に掲載された軍服姿の写真はいびつな鼻をしたジイサンという印象で、とてもじゃないが、英国王室から3億円受け取る男には見えなかった。ただ、そんな冴えない男でもウン千万円をだまし取ることができたのだ。何度も言うが、やはり結婚詐欺師恐るべしである。
さらにいえば、このところ逮捕者が出て世間を騒がせている「国際ロマンス詐欺」もある。これはSNS上で白人の軍人や医師になりすました男が日本の独身女性と出会ってメールなどで通信、あれこれと理由をつけて女性に送金させる手口。被害者の女性たちは一度も相手と会ったことがなく、通信のために英語の勉強までしていたが、実は捕まった犯人はナイジェリア人などアフリカの黒人が多かった。笑えない落ちである。被害者には申し訳ないが、結婚詐欺師はこの「クヒオ大佐」のように第三者が笑ってしまうような滑稽な手口を使うものだ。
ちなみに劇中の春もだまされた一人で、彼女は小さな博物館に勤めている。おそらく公務員だろう。これは結婚詐欺に限ったことではないが、詐欺師たちはよく公務員の独身女性をターゲットにする。理由は性格が真面目であまり他人を疑わないから。真面目だからせっせと貯金をし、まとまったカネを持っている。詐欺師はいざとなったら仕事を辞めさせて退職金をせしめる。悪いヤツは風俗に転身させて貢がせる。公務員女性はカモに最適ということらしい。

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