「スウィングガールズ」 ダメ女子高生とメッキの教師が巻き起こすビッグバンドの興奮

 


ダメ女子高生とメッキの教師が巻き起こすビッグバンドの興奮

スウィングガールズ(2004年 矢口史靖監督)

筆者が初めてジャズのレコードを買ったのは高2のとき。田舎町のレコード店でコルトレーンの「至上の愛(A Love Supreme)」(1965年)を求めた。コルトレーンの横顔をあしらった白黒のジャケットが気に入ったからだ。今でいえば「ジャケ買い」となるだろうか。そのときは良さがよくわからなかったが、20歳を過ぎたころから「これは大変な作品だ」と思うようになった。ある作家が「至上の愛」をかけるときは正座をして聞いているとの話を耳にして、さもありなんと思った。この「スウィングガールズ」はジャズが好きな人も、興味のない人もスイングしてしまう作品だ。
東北地方の高校生・友子(上野樹里)は夏休みの補習授業を受けているが、ちっとも身が入らない。数学教師・小澤(竹中直人)の講義も聞かず、窓の外を眺めてあくびをしている。
その友子の目に飛び込んだのが、野球部の応援に出かけた吹奏楽部の弁当の配達が間に合わず、弁当屋がおろおろしている風景。友子ら女子たちは補習授業を中抜けするため自発的に弁当を運ぶことになるが、途中で降りる駅を間違えたため炎天下を歩いて野球場に到着。運んだ弁当のせいで吹奏楽部の面々が集団食中毒を起こし、テレビニュースになるほどの大騒ぎに発展する。
1人だけ難を免れた部員の拓雄(平岡祐太)は急きょ、部員を募集。友子はリコーダー持参の関口(本仮屋ユイカ)、野球部の先輩にお熱の良江(貫地谷しほり)らとともに参加する。そこでも補習授業をサボるという思惑が働いていた。
かくして寄せ集めながら部員は活動を開始。友子はテナーサックス、関口はトロンボーン、良江はトランペットの担当だ。友子たちはまず体力が重要という拓雄の方針でジョギングや肺活量の訓練を開始。体力に自信のない友子はすぐに音を上げるが、いつしか音楽の魅力に目覚める。
ところがここで食中毒から回復した部員たちが復帰したため、友子らはお払い箱に。ブラスバンドの魅力にはまった彼女たちは「スウィングガールズ」を結成。ジャズ好きの小澤の指導のもと、メキメキと上達するのだった……。
何かを仕方なく始めたら、面白くなってのめり込んでしまうのはよくある話。本作の友子も同じで、勉強に熱が入らず、ダラダラ過ごしていた生活がジャズによって一変する。もともと飽きっぽい性格だが、吹奏楽には全力集中だ。
だがパソコンとテレビゲームを売却して買った中古のサックスはポンコツ。楽器購入のためにみんなでバイトを始めるやスプリンクラーを誤作動させてスーパーの店内を水浸しに。カラオケボックスを使った練習では音がうるさいとの苦情を受け、「だったら、うちでやったら?」というパチンコ屋店長の提案を受け入れて駐車場で演奏するが、あまりのヘタさに観客からブーイングを浴びる始末。
その結果、小澤の指導を受ける。小澤は熱烈なジャズファンで、自前のアルトサックスも持っているが、実は彼のジャズは下手の横好きに過ぎない。音楽教室ではその技術不足を補うためにフリージャズの物まねをし、インストラクターの森下(谷啓)から「そういうのは基礎ができてからやりましょうね」と説教され、ピアノ担当の小学生からは「ヘタクソ」とダメ出しされる。それでも小澤を信奉する友子らの技術は向上し、音楽コンクールに応募するのだ。
女子高生の多くは勉強嫌いで、これといった目当てもなく漫然と暮らしている。一方、小澤は音楽理論も演奏テクニックもないメッキの指導者。ところが両者がタッグを組んだ結果、観客を酔わせるジャズ娘の演奏が完成する。マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスに転じるということか。奇しくも小澤は数学教師だ。
本作は「フラガール」(2006年)と同じ少女たちのプロジェクトX。この種の映画は途中に登場人物の死を差し込んで観客を涙に誘い込み、ラストになだれこんでいくのが常套手段だが、矢口監督はそんな湿っぽい手口は使わない。女子プロレスに見られる過剰な根性論や女のイジメとも無縁。ひたすら笑わせて観客を引っ張っていく。女の子たちのジャズ演奏と聞くと、なにやら都会チックなイメージを覚えるが、出てくるのは山形弁丸出しの田舎娘たちだ。そのチグハグさが観客に親近感を与える。地方の映画館の観客はこの設定に満足しただろう。

ネタバレ注意

見どころはラストのコンクール。異色のジャズウイメンがベニー・グッドマンでおなじみの「シング・シング・シング」を披露。ビッグバンドの迫力に観客は総立ちだ。奏者にスポットライトが降り注ぎ、小澤は客席でタクトを振る。良江のトランペット、友子のテナー。鳴り響く手拍子。踊るあほうに見るあほう。よくぞこの名曲を選んだ。コルトレーンではないが「サンキュー、ガッド!」と叫びたくなる。
筆者は公開からしばらくして名画座の三軒茶屋シネマで本作を鑑賞した。座ったままスウィングした。感動で全身がしびれた。自分がジャズ好きであることに感謝したほどだ。今でも見るたびにスイングしてしまう。何度見ても元気が出る。何度見てもまた見たくなる。こんな音楽映画はほかにない。

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