手紙は憶えている

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認知症老人のアウシュビッツ復讐の旅

手紙は憶えている(2015年 アトム・エゴヤン監督)

 筆者はホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の映画はなるべく見るようにしている。「シンドラーのリスト」「サウルの息子」「否定と肯定」などこれまで数多くの問題作が製作された。この「手紙は憶えている」はホロコーストをミステリー風に味付けしている。社会派の娯楽作といえるだろうか。
 ニューヨークの老人介護施設で暮らす90歳のゼブ(クリストファー・プラマー)は認知症を患っており、数日前に妻が病死したことも覚えていない。そのゼブに同じ施設に住む友人のマックスが一通の封書を渡す。中身は手紙と現金、交通チケット。ゼブは足が不自由なマックスに代わって一人で列車に乗り、オハイオ州クリーブランドを目指す。
 マックスの手紙はルディ・コランダーという人物を探すよう指示していた。マックスとゼブは大戦中、アウシュビッツ収容所に収監され、オットー・バリッシュというナチス親衛隊員に家族を殺された。バリッシュは終戦時にルディ・コランダーと名前を変えて逃亡。同じ名前の人物が米国とカナダに4人いるため、ゼブに彼らを訪ね、バリッシュを見つけて復讐を果たして欲しいというのだ。ゼブは短時間で記憶をなくすため腕にメモを残しつつ旅を続け、途中の銃砲店でオーストリア製の拳銃グロッグ17を入手。ルディ・コランダーたちと面会するのだった……。
 手紙を読みながら殺害の標的に近づくゼブの姿は「地獄の黙示録」のウィラード大尉のようだ。90歳のヨボヨボぶりに「これで本懐成就できるのか」とハラハラし、いつしか物語の謎解きに引き込まれてしまう。響き渡るサイレン、大型犬の咆哮、ワーグナーのピアノ曲、ゼブの射撃の腕前など演出と伏線も細かい。筆者は3回見たが、いずれも面白く鑑賞できた。ラストに工夫がほどこされているため、2回目からは整合性を確かめる楽しみもある。
 見どころはラストだが、3人目の男を訪ねる場面もスリリングだ。男は戦後もナチスの信奉者で、室内の壁に「クリスタル・ナハト(水晶の夜事件)」当時のベルリンではためいていた鉤十字の旗を飾り、ナチス親衛隊の腕章がついた軍服をコレクションしている。ギョッとさせられる光景だが、日本でも8月15日に靖国神社に行けば、旧日本軍の恰好で「海ゆかば」を合唱して行進する“皇軍”やドイツ兵の軍服を着た人を見ることができる。旧同盟国の共通点というわけだ。

蛇足ながら

 本作は親衛隊員が正体を隠していた話だが、似たことは実際に起きている。有名なのが「ブリキの太鼓」などで1999年にノーベル文学賞を受賞したドイツ人作家ギュンター・グラス。彼は戦後、国民にナチの過去に向き合うよう呼びかけ、「ドイツの良心」とも呼ばれたが、2006年8月、自分の過去を告白した。17歳だった44年にナチス武装親衛隊に入隊し、45年4月まで所属していたという。この話に世界は仰天した。ポーランドのワレサ元大統領は名誉市民の称号の返上を要求したほどだ。ただしグラスは戦争犯罪には加担しなかったと説明している。
 日本では岸信介はA級戦犯ながら総理大臣になったし、731部隊の石井四郎中将は訴追を免れた。戦争犯罪には裏取引があるようだ。

 

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