「ジャッカルの日」 改造ライフルの試射、アルファロメオの爆音。大藪春彦ファンが泣いて喜ぶドゴール暗殺計画

改造ライフルの試射、アルファロメオの爆音。大藪春彦ファンが泣いて喜ぶドゴール暗殺計画

ジャッカルの日 (1973年 フレッド・ジンネマン監督)

50年近く前の映画だから映像が少々古臭い。だが無駄なセリフや説明を省略しているため、長い物語がテンポよく進んでいく。ドゴール大統領暗殺計画を描いているが、フレデリック・フォーサイスによるフィクションだ。
1962年、フランスのドゴール大統領は植民地アルジェリアの独立を認めたことから、右翼の「秘密軍事組織(OAS)」に命を狙われていた。OASは街頭での大統領襲撃に失敗したため、プロの殺し屋を雇って暗殺する計画を立案。スナイパーのジャッカル(エドワード・フォックス)に報酬50万ドルで殺害を依頼する。
フランス政府はOASにスパイを送り込んでいたためこうした動きを察知しているが、計画の具体像が分からない。そこでOASの幹部を拉致して尋問、ジャッカルの名を探り当てる。さらにルベル警視(マイケル・ロンズデイル)に全権を与えて捜査を開始するのだが、ジャッカルはあの手この手を駆使して包囲網をかいくぐり、パリに潜入。解放記念日の式典を狙うのだった……。
冒頭はOASによるドゴール暗殺計画が失敗する場面。この事件は1962年8月にパリ郊外で実際に起き、OAS側が大量の銃弾を発射したがドゴールと側近らは奇跡的に無事だった。ジャッカルは殺しを引き受けて狙撃銃を特注。OASは自分たちの計画が漏れていないかを確かめるために偶然を装って政府高官に女スパイをあてがい、色仕掛けで情報を探らせる。一方、ルベルは英国と連携してジャッカルを追跡する。
映画はこうした複雑な動きを簡素化し、143分に凝縮した。余計な描写を省いたため退屈しない。フランス政府も英国政府もジャッカルの正体を正確につかめず、61年にドミニカ共和国の独裁者暗殺に1人の英国人が関係し、暗殺のあと姿を消して行方をくらましたことからこの人物が怪しいのではないかと推測する。殺し屋がゴルゴ13のように謎めいていることも魅力だ。しかもジャッカルが人に向けて弾丸を放つのはラストのみ。殺しでは空手の技を使うため、狙撃シーンへの期待が高まるという寸法だ。
ジャッカルはスラリとした体形のハンサムで、彼を追うルベルは一見さえないオッサン風とキャラの対比も計算されている。それほど有能に見えないルベルだが、陣頭指揮を執り始めると目に見えないテロリストの実像に迫ってその動きを予測、警官を動員し自身も捕縛に向かう。逃げるイケメンVS追いかけるオッサン。ストーリーは2人の攻防戦に貫かれるが、両者が顔を合わせるのは最後の一瞬だけである。
それにしてもこのジャッカルという男、スーパーマンだ。豊富な銃器の知識と卓越した射撃の腕前は当たり前のここと。墓地で早世した人の生年月日を調べて役所で手続きをし、本人になりすます。空港で他人のパスポートを盗み、髪の色を変えてさらに別人に変身。塗装用具を使ってクルマの車体の色を塗り替え警察の目をごまかす。銃身が極端に細いライフルを特注した理由は……と用意周到で何でもできる。次から次へとマジックのように殺し屋の極秘テクを披露するのだ。ただ、これは今から60年も昔の話。監視カメラだらけの現代では、名うての殺し屋も警備の目をかいくぐるのに一苦労だろう。
中盤の見どころは狙撃銃を試射する場面だ。「銃身を短く軽量にし、サイレンサーと照準器も必要。射程は長くて100メートル強。素材はアルミ管で接合部をスクリュー式にし、分解できるように」と注文して完成した銃を手際よく立ち木にくロープで巻きつけて固定、1発ずつスイカを撃ちながら照準器をキリキリと調整する。最後に放った破裂弾がスイカの赤い実を破裂させる光景で銃弾の恐ろしさが分かる。さらにアルファロメオのエンジン音とどろかせて疾走。特製の銃とスポーツカーに大藪春彦ファンは感涙するだろう。
ジャッカルはかなりのイケメンで男にも女にもモテる。観光客に化けて人妻をかどわかし、デンマーク人教師としてパリに入るやサウナで釣った同性愛者の家に転がり込むのも見どころ。こうした自分に好意を示してくれた人が邪魔になると何のためらいもなく殺してしまう。血も涙もない殺人マシーンだ。どんな障害があっても動物的な勘でこれを察知し、ひたすら標的のドゴールに接近する。蛇のようなしつこさに、エドワード・フォックスの顔が「ターミネーター2」のロバート・パトリックに見えてくる。どちらも細面の冷たい表情だ。
警察がOAS幹部を拉致して電気拷問を行うシーンがあるが、当時は普通のことだった。61年のアルジェリア民族解放戦線のデモではパリ警察の拷問と銃撃で200人以上が死亡。劇中、警察が拷問の際に「無駄な抵抗だ。結局は白状することになるのは君も分かっているはずだ。その目で見てきただろう」と脅すのはこれまでフランスが海外で手荒な訊問をしてきたことを語っている。イタリア映画「アルジェの戦い」(66年)にもアルジェリアのレジスタンスにも電気拷問を行う場面があった。70年代に日本人がパリで事件に巻き込まれて当局に連行されたとき、帰国後に取り調べの様子を「警察に殴られた人もいて、『ジャッカルの日』と同じだった」と証言していたのを思い出す。

ネタバレ注意

ドゴールはたびたび命を狙われたものの暗殺を免れ、1970年に病死した。タランティーノ監督なら、ジャッカルの一撃がドゴールに命中する結末にしたかもしれないが、ジンネマン監督はそこまではしない。
フレデリック・フォーサイスの原作によると最後の狙撃場面でジャッカルとドゴールの距離は130メートル。式典でドゴールが身をかがめたのは退役軍人に接吻するためで、「この接吻は、フランス、その他のラテン系民族の習慣なのだが、アングロ・サクソンであるジャッカルは、不覚にもそれに気づかなかった」とある。
なるほど。スーパーマンがうっかりミスをおかすしたわけだ。

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