地獄変

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美女焼殺 学生運動の時代に平安貴族の残酷趣味を描く

地獄変  (1969年 豊田四郎監督)

芥川龍之介の名作を「文芸映画の巨匠」と呼ばれる豊田四郎が監督。1960年代後半の世相が反映された脚本だ。芥川也寸志(龍之介の三男)の主題曲も重厚で聞きごたえがある。
藤原家が権勢を誇った平安時代。天才絵師の良秀(仲代達矢)は権力者・堀川の大殿(中村錦之助)から極楽図を描くよう命じられる。大殿は「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と詠むほどの権力者。その家来たちも殿の威光を笠に弱い者たちをいじめて楽しんでいる。
その大殿の下命に対して、良秀は自分の画風に合わないとの理由でこれを断る。大殿は権力をほしいままにし、弱い人々の命を軽視する暴君。その暴君の横暴を良秀は批判し、大殿は高麗からの帰化人である良秀を軽侮する。
ある日、堀川の屋敷に1匹の猿が舞い込み、追ってきた若い女が大殿の目に留まって邸内に幽閉される。女は良秀の一人娘・良香(内藤洋子)で、父の良秀は何よりもこの娘を可愛がっていた。良香と好きあっている弟子の弘見(大出俊)を破門にするほどの溺愛ぶりである。良香を大殿に取られ、彼の心は千々に乱れる。
娘を返して欲しいと懇願する良秀に、大殿は極楽絵を描けと命じる。だが後日彼が描いて持参したのは大殿の牛車に轢かれて死んだ貧しい老爺の死に顔だった。そうした中、大殿は権力者に逆らう野武士の一団襲撃を受ける。その中には破門にした弘見の姿もあり、彼は大殿の家臣の一撃を受けて死亡。良秀は大殿の圧政に怒りを燃やす。
その結果、彼は大殿に「私は見たものしか描けないので炎上する牛車を見たい」と申し出る。炎に包まれる大殿の断末魔を思い描いているようだ。
大殿は願いを聞き入れ、後日、良秀を呼んで用意した牛車のすだれを開ける。驚きのうめき声をもらす良秀。そこには鎖で縛られた良香が。大殿の命令で火がつけられると、牛車は夜空に紅蓮の炎を上げ、良香の悲鳴もろとも焼け崩れるのだった……。
娘を阿鼻叫喚の焦熱地獄に突き落とされた老絵師の「芸術至上主義」がメインテーマ。良秀は地獄を描くために若い弟子を縛って吊るし、苦しむさまを観察する。それでも物足りず、壺から蛇を放ち、弟子に悲鳴をあげさせる。良香が焼け死ぬ場面では最後に「地獄は俺だ……」と呟きながら胸の前で腕を組み、その光景に魅せられる。
「違い」を味わうのも面白い。まずは役者。演劇出身の仲代は声の抑揚を殺して隠忍自重の苦しみを表現。歌舞伎役者の錦之助は高らかに笑い、怒鳴りつける。水と油ほど性質の違う演技が衝突。ただし、いま見ると錦之助の演技はかなりサイケデリックな印象だ。演技過剰と言っていい。
原作との違いも興味深い。公開が学生運動の盛んな69年だったからだろう、映画は独裁者の殺害を目論むレジスタンスの一団の襲撃を抵抗運動として盛り込んだ。「権力者VS民衆」の闘争だ。大殿をネズミをいたぶる猫さながらのサディストとして描いた脚本は当時の若者たちの野党的精神を刺激したことだろう。いつの世も権力者は民衆を支配下に置き、彼らの心身を踏みにじる。現代の日本人の多くは踏みにじられることを喜びとして権力者の嘘に騙されて嬌声をあげている。また、この映画で大殿に仕える最下級の従者が民衆を虐げる姿を見ると、900年以上経った今も人間は何ら変わりがないと思えるのだ。
権力者の残酷趣味や圧政を周囲が止められないのはヒトラーの悪行を見れば分かる。この9年間の日本の保守政治もしかり。森友、加計、桜を見る会、公文書改ざん、日本学術会議任命権問題……。権力は何でもできる。それを支えてきたのが現代の民衆とは皮肉な話だ。

蛇足ながら

本作の公開当時、筆者は小学5年生だった。九州の片田舎で汽車に乗っているとき、車内で本作の吊り広告を見かけた。若い女が鎖につながれ業火に身を焼かれる絵柄に恐怖を覚えた。「世の中では恐ろしいことが起きている」と実感。まだ芥川の作品を知らず、時代劇の猟奇映画と思ったからだ。小説「地獄変」を読んだのはその3年後だった。
本作の良秀と大殿の関係は戦国時代後期の豊臣秀吉と千利休を思わせる。牛車に火をつけようとする大殿は良秀に「わしに謝れ。ひたいを地にこすりつけて謝れ」と要求。良秀は歯ぎしりしながら睨みつけるが、これを拒否したため、娘良香の命は無残に奪われた。
秀吉も利休が謝罪してくるのを待っていたが、利休は切腹による死を選んだ(賜死事件)。利休が権力者に命乞いすることなく、自己の意志をまっとうしたからこそ彼の茶道が今に残ったと分析する研究者もいる。これもまた芸術至上主義といえようか。
利休が秀吉に恨まれた理由については十数通りの仮説があるが、いまだに明確な答え出ていない。その中には秀吉が利休の娘お吟を気に入り側女にしようと企んだが、利休が手放さなかったから憎んだという説もある。良香を幽閉し、わが物にした大殿とそれほど変わりない。権力者の好色な欲望は醜いものだ。そういえば現代でも宗教団体の教祖が信者の妻に手をつけたという話があるような……。
ちなみにお吟を描いた映画には62年に女優の田中絹代が、78年に熊井啓がメガホンを取った2作の「お吟さま」がある。原作は今東光の同名小説だ。

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