さえないオッサンが豹変し、ロシアンマフィア相手に大暴れ!
Mr.ノーバディ (2021年 イリヤ・ナイシュラー監督)
筆者が子供のころテレビで「悟空の大冒険」(手塚治虫原作)というアニメが放映され、主題歌の歌詞に「暴れ出したら止まらない」という一節があった。本作を見ながら、この歌詞を思い出した。悟空は若々しいが、本作の主人公はオッサン。このオッサンが「どうにも止まらない」の状態になるのが見どころだ。
小さな工場に勤務している初老の男ハッチ・マンセル(ボブ・オデンカーク)は地味で平凡な男。妻とは疎遠になり、毎週火曜日のゴミ出しは間に合わず、毎日路線バスで地味に通勤している。
そのハッチの家に深夜、拳銃で武装した若い男女の強盗が侵入した。彼は強盗の一人の背中に向けてゴルフクラブを振りかぶるが一撃をためらい、そのせいで息子のブレイクは暴漢に殴られ、顔にアザができる手傷を負う。ハッチは警察に「私なら家族を守りますよ」と苦笑され、息子には「父さんは頼りにならない」となじられる。
だが実はハッチは一瞬のうちに暴漢が突きつけた拳銃に弾丸がこめられてないことに気づいて抵抗をやめたのだった。背後から殴らなかったのは相手が女だからである。彼はそうした事情を詳しく語らず、情けない父親という批判を甘受していたが、幼い娘サミーが大事にしていた猫のブレスレットが盗まれたと知って、大魔神怒るのヤカン沸騰状態になり、例の暴漢の自宅を探り当てて侵入。男を殴りつけて「ブレスレットを返せ」と要求するも、彼らが病気の赤ん坊を抱えていると知ってそのまま退散する。
その帰途、乗ったバスで5人のチンピラが若い女性に難癖をつけるのを見て、ハッチは持っていた拳銃を放り投げ、彼らを素手で撃退。彼によって重体に陥ったチンピラがロシアンマフィアのボスの弟だったことから、自宅を刺客軍団に急襲されるのだった……。
本作の惹句は「火曜日、ゴミ当番 愛車は路線バス 地味な男が 派手に、キレる。」――。冒頭の毎日の行動をくどいほど繰り返す映像でも分かるように、ハッチは心の片隅で、この単調な暮らしに飽きていた。ゴミを出そうとするといつも清掃車から置いてけぼり。妻のベッカ(コニー・ニールセン)とはベッドに枕で壁をつくるほど遠い関係だ。
そんな中、強盗に襲われたことで眠っていた闘争本能に火がついてしまった。というのも彼はかつてペンタゴン(米国防総省)の凄腕の兵士だったのだ。現役をリタイアして普通の市民になっただけのこと。本能的に闘争が好きで暴れたいが、長年に渡ってその衝動を抑えていたのだ。
ブレスレットを取り返すために強盗をとっちめたが、同情して相手をぶちのめすことができなかった。雨の中で壁を殴ったのは暴力への満たされない欲求を抑えるためだろう。
ところが彼の心の飢餓を埋めるかのように、まことに都合よくチンピラどもがバスに乗り合わせくれた。だから思う存分叩きのめした。その結果、マフィアどもに狙われたが、ハッチは沈着冷静にこの命がけの戦いをゲームとして楽しんでいる。彼だけでなく、老人病院に入院中のヨボヨボの父親までが若返ってくるのだ。おそらくハッチの体内には生まれる前から闘争というDNAが流れ、それは父親から受け継いだものなのだろう。
こうしてハッチは大好きな戦争に身を投じ、男の魅力を回復する。幻滅していた息子は父をリスペクト。まるで「水戸黄門」を見るがごとし。たかがペンダントひとつで男の後半生が急展開したわけだ。本作を娘かわいさのあまり始まった逆襲のサバイバルゲームということもできるだろう。
こうしたドラマを映画はわずか92分に詰め込み、退屈なカットはひとつもない。血のたぎるような映像を最後までガンガン見せてくれるのだ。
ちなみに脚本は「ジョン・ウィック」シリーズのデレク・コルスタットが担当。男どもの舞踏のような立ち回りはキアヌ・リーブスを彷彿とさせる。
ハッチを演じたボブ・オデンカークは1962年生まれで、今年59歳。日本でいえば定年退職を間近に控えた世代だ。筆者は戦争反対派だが、こうしたオッサンが嬉々として戦う姿を見ると、男60歳、まだまだこれからだよなぁと、なんだか勇気が湧いてくる。ハッチの雄姿に「相手はワルだ。好きなだけ暴れろ」と発破をかけたくなる。観客の多くが同じように声援を送ったことだろう。日産のCM風に言うと「やっちゃえオッサン!」なのだ。