グロテスクなモンスターと新型コロナの共通点
遊星からの物体X(1982年 ジョン・カーペンター監督)
原題は「the thing」。ジョン・カーペンター監督が幼少時代に「遊星よりの物体Ⅹ」(1951年、原題は「The Thing from Another World」)を見てすごく怖い思いをしたためリメークしたとされている。邦題は「遊星からの」となっているが、実際はUFOで飛来したモンスターが人間を襲うストーリーだ。どこから来たのかははっきりしない。
米国の南極観測基地にヘリコプターが低空飛行で飛来する。ヘリの乗組員は空中からライフルで地上を狙い撃ちする。標的は大氷原を走る一頭のシベリアンハスキー犬だ。やがて乗組員はヘリを着地させ、米国の基地に入った犬を射殺しようとするが、誤って米国隊員を撃ってしまう。さらに犬を追いかけて銃を乱射したため隊長のギャリー(ドナルド・モファット)によって撃ち殺され、ヘリは操縦士ごと爆発、炎上してしまう。
ヘリはノルウェー基地から飛んできたもので、彼らがなぜこの犬を殺そうとしたのかはわからない。だが、犬は米国の隊員になつき、基地の中を自由に歩き回る。ヘリ操縦士のマクレディ(カート・ラッセル)はノルウェー基地で何が起きたのかが気になり、片道1時間の距離をヘリを飛ばして調査に向かう。同基地で彼とドクターが見たものは喉をかき切った隊員の死体のほか、人間が何かに同化したような不気味な死骸だった。
マクレディは死骸とノルウェー基地に保管されていたビデオテープを持って米国基地に帰還する。テープを再生すると、ノルウェーの隊員が地中に眠っていた巨大なUFOを発見した記録映像が残されていた。
その夜、例のシベリアンハスキー犬を犬舎に入れたところ、他の犬たちが吠え始める。マクレディらが駆けつけると、シベリアンハスキー犬の顔が放射線状に開き、中から奇怪なモンスターが出現。モンスターは人間の体内に入り、次々と襲いかかるのだった……。
冒頭からドラマチックだ。約10万年前、円盤型のUFOが宇宙空間を飛行し、地球に衝突する。入れ替わるように次の絵ではノルウェーのヘリがこちらに向かって飛来する。彼らが殺そうとした犬は米国基地に足を踏み入れるや、隊員に抱きつくようにすり寄る。この人懐こくてかわいい犬が実は人間に憑依する怪物だとは誰も思わない。しかもノルウェー隊員は2人とも死亡した。つまりノルウェー隊員を殺害し犬を信用したため、自分たちにどんな危機が迫っているか分からないのだ。こうした皮肉な思い込みと行き違いによって米国基地がボロボロになってしまう。
宇宙人が人間を襲う映画では、「エイリアン」(1979年、リドリー・スコット監督)が有名だ。逃げ場のない宇宙船という密閉空間で怪物に襲われるところは南極基地が舞台の本作と同じだが、大きな違いがある。敵が目に見えるかどうかだ。
「エイリアン」はモンスターが人間を襲うたびに巨大化し、その姿は肉眼に見える。一方、本作の怪物は人知れず犬や人間の体内に入って支配、醜い化け物に姿を変える。しかも支配された男は他のメンバーをかく乱するためのウソ情報まで流す。こうして隊員たちは誰がモンスターなのかという疑心暗鬼にかられ、怒鳴り合い、武器を向け合う。宇宙人襲来映画ながら、秀逸な恐怖心理劇でもあるのだ。
人は目に見えない脅威を一番怖がる。それは現下の新型コロナ騒動も同じだ。誰が感染者なのか分からない。ウイルスという不可視なものが迫っているから、世界中の人々が恐怖を感じた。その結果、日本では愛媛県今治市や青森市で感染者の家に嫌がらせの張り紙までする事態となった。人間は実に醜い。
先日、九州の片田舎に暮らす筆者の老母に電話したら、こんな話を聞かされた。今年4月ごろ、母の家から徒歩10分の場所に住む5人家族にコロナ感染者が出て、「町から出ていけ」という張り紙をされたため、その家はいま空き家になっているという。一家全員が立ち退かざるを得ない状態に追い詰められたというのだ。地元の新聞記事やテレビニュースになっていないので本当に嫌がらせがあったのかは不明だが、いつもその家の前を通って散歩していた母は歩くコースを変えた。理由は「張り紙をした犯人と思われるのが嫌だから」とのことだった。
新型コロナウイルスと同様に、本作のモンスターは人の体に入り、本人になりすます。誰が隠れエイリアンなのか見分けがつかない。そこでマクレディはエイリアンの血液は熱に反応するという仮説を立て、隊員をロープで縛って彼らの血液を熱していく。隊員たちが口々に「茶番だ」と罵倒し、劇場の観客も「そんなんで分かるんかい?」と苦笑していたら、悲鳴とともに血が飛び散り、同時に一人の隊員の体を突き破って怪物が躍り出る。他の隊員たちが縛られたまま悲鳴を上げる光景に、観客は自分も体の自由を奪われたような戦慄にかられる。この緊迫の場面が本作の一番の見どころだ。
つまり本作はノルウェー隊員がパンドラの箱を開けてしまい、災いを食い止めるためにモンスターの犬を追ってきた隊員を殺害してしまうという皮肉から始まり、モンスターが派手に暴れ回り、人間が互いを疑って対立するというスリリングでミステリアスな要素が幾重にも張り巡らされているのだ。
ただ、不自然だなと思うこともある。最初にモンスターが棲みついた隊員以外は、犬も人間も簡単に変身する。そしてあっけなく火炎放射器で退治される。人がいるところでわざわざ変身する必要もないだろうに。おそらくジョン・カーペンター監督は奇抜なクリーチャーデザインで観客を怖がらせたかったのだろう。サービス精神が旺盛な映画なのだ。また、怪物クンたちも監督の期待に応えて派手に変態し、潔く死んでくれた。CGのない時代に当時のSFX技術の粋を尽くした映像は観客の度肝を抜いた。
蛇足ながら
カーペンター監督は1980年公開の「ザ・フォッグ」で本格的に頭角を現し、日本のテレビCMは「この恨み、晴らさでおくものか」とまるで歌舞伎のセリフのような惹句を流していた。この「ザ、フォッグ」がヒットして話題作連発の快進撃を続けたが、筆者は彼の代表作はやはりこの「遊星からの物体Ⅹ」だと思う。
ちなみにハリウッドは2011年に「遊星からの物体X ファーストコンタクト」(マティス・ヴァン・ヘイニンゲン・ジュニア監督)を作っている。エイリアンが米国基地に達する前、すなわちノルウェー基地が全滅する一部始終を描いた作品で、SFXが格段に進歩している。美人研究者が主導権を握るなど、むくつけき男ばかりだった本作とかなり趣が違うが、仲間割れした隊員が火炎放射器で互いを威嚇する極限の心理描写はお見事。前作につながるシーンや造形物をチェックするために2作続けて見るのも楽しい。