チャーリー

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母は発狂、自身は国外追放 世界を笑わせた喜劇王につきまとう悲劇

チャーリー(1992年 リチャード・アッテンボロー監督)

相変わらずコロナ禍が続いている。飲食業界をはじめ、経済界に与えた損失の大きさは計り知れない。先日、銀座の割烹料理屋を廃業するという経営者と話していたら、「やはり昨年、志村けんが死亡したのが大きかった。あれ以来、お客さんが激減して経営が窮迫した」と語っていた。
志村けんが急死したのは2020年3月29日。筆者は午前中、テレビで「志村けんさん死去」のニュース速報を見て「えっ!」と驚いた。世の中はコロナ、コロナと騒いでいたが、これほど深刻な病気だと知ったのはそのニュース速報のときだった。
その夜から、テレビ各局が志村けんの追悼番組を放送した。最近、録画しておいたそれらの映像を巣ごもり生活の中で見直しているうちに本作を思い出した。チャーリー・チャップリンは志村けんが尊敬する喜劇人の一人だったという。チャップリンの人生はアメリカ現代史の裏返しだ。
チャップリン(ロバート・ダウニー・Jr)は1989年にロンドンで生まれた英国人。若いころ劇場のパントマイムに出演し、やがて米国ハリウッドに招かれる。彼は独特のメークと動作を考案して数々のヒット作を送り出すが、幾度もの試練を受け、ついには米国政府によって国外に追放されるのだった……。
映画はアンソニー・ホプキンス演じる記者がスイスに住む晩年のチャップリンをインタビューする場面を差し挟んで進行する。ただ、ホプキンスは通り一遍の質問をする狂言回しにすぎない。「羊たちの沈黙」(91年)でクラリスを追い詰めたレクターの迫力があれば、物語はもっと深みのあるものになっただろう。リチャード・アッテンボロー監督もそのことに反省の弁を述べている。
それでも本作が面白いのは喜劇王チャップリンの表の顔だけでなく、裏の顔も“暴露”しているからだ。表の顔は移民や障害者に優しいチャップリンの映画づくりと彼の天才的な才能。裏の顔は彼の実母が精神を病んで長らく入院し、退院後も奇行をくり返したこと。有名なチャップリンのロリコン性癖も包み隠さず描いている。
彼は10代の少女たちに入れ込み、性関係を結んだ。そのため法律すれすれで身をかわしたことも。ハリウッド映画のすごいのはチャップリンの娘のジェラルディン・チャップリンに病んだ母親を演じさせ、チャップリンの息子も本作の内容を認めていることだ。これが日本映画なら美談で塗り固めた立身出世物語に仕上がっただろう。
注目はチャップリンの政治姿勢だ。第2次大戦当時、訪米したナチスの将校から握手を求められた際にこれを拒否。周囲の反対を押し切って「独裁者」(40年)を撮った。この作品でヒトラーが地球儀の風船で遊ぶ場面は独裁者の野望への痛烈な皮肉であり、ラストの演説はナチスを危険視するチャップリンの心の叫びだった。
もう一つの見どころがFBIのフーバー長官の存在だ。彼に目をつけられたチャップリンは「モダン・タイムス」によって共産主義者のレッテルを貼られ、国外追放となる。赤狩りを強行したマッカーシーもフーバーも血に飢えた獣のように獲物を求め、チャップリンを生贄にした。そもそも政治家は役者や芸人は自分たちになびくものだとみくびっている。
それは現代の日本も同じ。芸能人はおしなべて保守で、反政府的な言動はしない。三原じゅん子は「八紘一宇」で安倍晋三を喜ばせようとしたし、今井絵理子は安保法制反対を匂わせる発言をしながら自民党の誘いにコロリと転向した。これが現実だ。ちなみにかつての米国で赤狩りに協力した俳優が共和党員のロナルド・レーガン、のちの米国大統領だった。
母の発狂、赤狩り、追放と、喜劇王の人生には悲劇がつきまとった。映画冒頭のチャップリンがメークを落とす場面に漂う物憂い雰囲気はその不安感を暗示しているのだ。

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