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傲慢な銭ゲバ男が好奇心から巻き込まれた命がけの逃走劇

ゲーム(1997年 デヴィッド・フィンチャー監督)

コロナ騒動をめぐるカネの動きで一番面白かったのが昨年6月に持ち上がった、持続化給付金事業を受託した「サービスデザイン推進協議会」の事務所への疑惑報道だ。当初はテレワークという理由で事務所が閉じられていたが、野党議員が視察に訪れた日は数人が働いていた。ところが翌日はガードマンがいるだけで、またも閉鎖中。ITの専門家はテレビで「職員が種類の違うノートパソコンを使っていた。こんなことは組織では考えられない。普通なら同じ種類のデスクトップパソコンが並んでいるはず」「ノートパソコンにスマホをつないでいる。これはセキュリティ上、禁止事項のはずだ」と疑問を呈していた。どう見ても「幽霊法人」だ。おそらく世間が騒いだから、あわてて関係者を集め、自前のパソコンを持ってこさせたのだろう。職員は自前のPCだから、いつも通り気軽にスマホを接続した。こうした不自然なやらせ演出に気づける職員がいなかったと考えたほうが理解しやすい。問題はこのサービスデザイン推進協議会は税金で運営されていることだ。だが、この幽霊法人への疑惑は洪水のようなコロナ報道に押し流され、雲散霧消してしまった。これでも民主主義国家なのか。
――と、この詐欺めいた光景から本作を思い出した。
父の財産を受け継いだ投資家のニコラス(マイケル・ダグラス)は48歳の誕生日に弟のコンラッド(ショーン・ペン)から「CRS」という会社の紹介状をプレゼントされる。すごい体験ができるというのだ。彼は偶然知り合った紳士から「CRSは素晴らしい体験だった」と聞いて興味を抱き、同社の審査を受ける。
そんなおり、自邸の玄関先でピエロの人形を発見。居間でチェックするとピエロの口から一本の鍵が出てくる。さらにテレビのキャスターが語りかけてくる。レストランではウェートレスに飲み物をかけられ、ウェーターから渡されたメッセージは「彼女を逃がすな」。ウェートレスとともに警察犬に追われ、正体不明の男たちに銃撃されるなど命からがらのゲームに付きまとわれる。
警察を呼んでCRSの事務所に踏み込むと、そこはもぬけのから。さらに銀行口座から5億ドルを盗まれたことを知るのだった……。
ニコラスはマイケル・ダグラスが「ウォール街」(1987年)で演じたゲッコーの再現だろう。うなるほどカネを持っているが、道端のホームレスにビタ一文与える気はない。投資先の古参幹部に平然とクビを宣告。カネしか信用しないゼニの亡者だ。しかも自殺した父親の悪夢から逃れられない。0・1%のスーパーリッチとそれ以外の人々に二極化された米国社会を象徴する人物だ。
そんな高慢な男が次々と襲いかかってくるピンチを命からがらで切り抜ける。もはや殺人ゲームだ。恐怖を覚えてCRSを告発しようとしたら、多くのスタッフが働いていたオフィスはがらんどう。ビルの管理会社は「その階には借り手がいない」と証言する。問題のサービスデザインと同じで何が何だか分からない。日本の野党議員もわれら日本国民も本作のニコラスのように幻覚を見た思いだろう。陰謀めいた力で税金がどこかに吸い上げられている。ニコラスの場合は5億ドルをかすめ取られた。
マリー・アントワネットだったか、「人はすべてを失ったときに初めて、自分が何であるかが分かる」という言葉がある。本作は血も涙もないガリガリ亡者が落ちるところまで落ちてやっと自分の不完全さに気づくストーリー。話がご都合主義に進んでいくが、寓話的演出と割り切ればいい。
感情のある者は生まれ変わることができるものだ。菊池寛の「恩讐の彼方に」の了海は辻斬りの悪行を悔いて青の洞門を掘った。人間の子をさらって我が子に食わせた鬼子母神は前非を改悟して子供の守り神となった。劇中のニコラスは真の「誕生日」を迎えることに。人間が再生するには外的要因が必要なのだろう。

蛇足ながら

本作を久しぶりに見て「あれっ?」と思った。ニコラスとドナルド・トランプ(前米国大統領)の共通点だ。家政婦がニコラスの誕生日に用意した料理は大きめのハンバーガー。ということはニコラスのモデルは実業家時代のトランプなのか。そうだとしたら「ハンバーガーばかり食ってるとろくな人間になれないぞ」と警告しているのかもしれない。

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