薄幸な女の悲劇はシャロン・テート事件の投影か?
チャイナタウン(74年 ロマン・ポランスキー監督)
公開からまもなく50年。何度見てもやるせない気分にさせられる作品だ。脚本を担当したロバート・タウンは本作でアカデミー賞脚本賞を受賞した。
舞台は1930年代のロサンゼルス。ギテス(ジャック・ニコルソン)は主に浮気の調査を依頼される私立探偵。人の好い面もある。今日も零細業者の妻の浮気現場の証拠を見せ、「商売が不振なので支払いを待ってくれ」と頼まれて「いつでもいいよ」と答えてしまった。
そのギテスが水源電力局部長モウレーの妻から夫の浮気調査を依頼され、モウレーが若き愛人と逢瀬を重ねている証拠をつかんだ。この証拠写真が新聞にスクープされる。ところがギテスの目の前に「私がモウレー夫人」と名乗る美女イブリン(フェイ・ダナウェイ)が現れ、ギテスを告発すると通告する。かくしてギテスは気づく。自分に調査を依頼したのはニセモノのモウレー夫人だったのだと。
だが、ここで思わぬ事態が。モウレーが水死体で発見されたのだ。ギテスは自分を告発すると脅したイブリンから、夫の死の真相を究明するよう依頼を受ける。一方、イブリンの父クロス(ジョン・ヒューストン)からは問題の愛人を探し出すよう依頼されるのだった。
本作が公開された当時は「ポセイドン・アドベンチャー」(72年)に代表されるパニック映画と、「エクソシスト」(73年)から始まるオカルト映画がブームを巻き起こしていた。そんな中、本作は小品ながら大人の映画としてキラリと輝いた。
ハードボイルドだが、それほどのアクションも謎解きもない。そもそもギテスは元警察官の探偵のくせに弱い。チンピラに鼻を切られ、農園で頭を殴られて気絶する。謎解きの点では、クロスが登場したところから「こいつがあやしい」となんだか目星がついてしまう。
それでも名作なのは、モウレーの謎の愛人が実はイブリンの妹であり娘でもあるという特異な関係が明かされるからだ。ギテスとイブリンはこの種の映画のお約束として深い仲になるが、イブリンは重要な秘密を抱えている。そのイブリンを終盤の追い込み場面で、ギテスが平手打ちで真相を白状させて彼女への同情を深め、よその土地に逃がそうとするのだ。
日本公開時、クロスを演じたのが「マルタの鷹」(41年)や「アフリカの女王」(51年)で有名な映画監督のジョン・ヒューストンということも注目された。俳優出身の名監督だけに、実に堂々たる演技だ。ちなみにギテスの鼻を切る小男はポランスキー監督が演じている。最初は人を見下した態度だったイブリンが次第にギテスに心をひかれ、一夜の情事で可愛い女に変わる演出も見どころ。もちろん彼女の褐色の乳首も見逃せない。
ネタバレ注意
物語のラストはイブリンがチャイナタウンの公道でクルマを発進させ、警官に撃たれて即死する場面。複雑な事情の娘を抱えた薄幸な美女が後頭部から顔を撃ち抜かれ、顔面が破壊された凄惨な死にざま。ギテスの表情に罪のない女を死に追いやってしまったという後悔の念が浮かぶ。ジェリー・ゴールドスミスの物悲しいテーマ曲が流れるエンディング。70年代の観客はこの救いようのない悲劇に胸を打たれた。
イブリンの死に方が壮絶なのはポランスキー監督が、亡くなった妻シャロン・テートの悲劇を投影させたからだ。シャロンは1969年8月、ロサンゼルスの自宅を狂信的カルト集団に襲われて殺害された。犯人の首謀者はチャールズ・マンソンで、そのグループは「マンソン・ファミリー」と呼ばれる。彼らによって7人の命が奪われた。
当時、シャロンは第一子を妊娠中(妊娠8か月)で、事件の前夜に主張中のポランスキー監督と電話で話し、いま子供に着せる毛糸を編んでいるところだと告げたといわれる。出産を前に幸せを味わっていた愛妻が全身16カ所を刺されて斬殺されたショックをイブリンに映し込んだわけだ。美しきヒロインの顔をここまで無残に破壊した映画は本作のほかに記憶がない。
ちなみにシャロン・テート惨殺事件を盛り込んだ映画がクエンティン・タランティーノ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019年)。歴史を作り変えるのが好きなタランティーノ監督はシャロンの命が助かるラストにして物語を心地よく締めくくったが、実は世界を震撼させた大事件だった。
マンソンとその信者4人は72年に死刑判決を受けながら、終身刑に減刑された。マンソンは2017年11月に死亡。83歳だった。