2・26事件の時代に起きた男根ちょん切り事件
愛のコリーダ (1976年 大島渚監督)
本作が公開された76年はまだ日本にビデオデッキがそれほど浸透していなかった。そのためエッチなものを見たい男はピンク映画館に行くか、ストリップに行った。裏社会にコネのある人々はノーカットでボカシなしのブルーフィルムを見ることができたが、それはあくまでも一部のラッキーなケースだった。そもそもブルーフィルムの女優はブスやオバサンばかりだったと記憶している。
ところが今はびっくりするような美女がAVで本番撮影をする時代。しかも女優の一部は海外サーバーを介したサイトで無修正作品に出演している。もちろん男女の絡みは本番だ。本作が公開されたころ、日本の女優がブルーフィルムではなく、劇場公開作品で秘部にペニスを挿入されて悶えるなんて前例はなかった。
そんな時代に松田英子は阿部定として惜しげもなくハードコアの本番を披露した。当然ながら、世間はびっくり仰天。相手をつとめた藤竜也は男を上げた。ただし、日本公開ではスクリーンのいたるところにボカシが入り、誰が何をやっているのかよくわからない。登場人物の喘ぎ声や衣擦れの音に観客は想像をたくましくしたものだ。旅行会社が本作を海外で見るためのツアーを企画したことがニュースになった。筆者は「あの当時、私も海外ツアーに参加して『愛のコリーダ』を見ました」という人と会ったことがある。やはり好事家はいるものだ。
言うまでもないことだが、本作は「阿部定事件」をモデルにしている。事件が起きたのは1936年5月18日。場所は東京・荒川区尾久の料亭「満佐喜(まさき)」だった。阿部定という名の女が性交中に情夫の石田吉蔵を扼殺した上に、その男根を切り取って逃げた事件だ。定は2日後、品川で逮捕された。不思議な笑みを浮かべていたという。
本作は吉蔵の妻が切り盛りする料亭に定が住み込みで働き始め、吉蔵に見初められる場面から始まる。吉蔵は女房がいる料亭の一室で小唄を歌いながら、定を騎乗位で攻めつつ三味線を弾かせる。やがて2人はもっと濃密な時間を過ごしたくなり、料亭を出て満佐喜にこもり、夜も朝も昼も性交に励むことに。カネが足りなくなると、定はパトロンの老年の男に抱かれて工面する。
定には嫉妬深い一面もあり、吉蔵が浮気したのではないかと疑うと、包丁を突きつけて脅す。だが吉蔵は一枚上手で、怯えるどころか余裕綽綽で情事に及び、「そんな物騒ななもん、引っ込めちまえよ」とからかうように言って下から腰を突き上げる。部屋の中にこもっているため、女中も近寄りたがらない。定は掃除も許さず、饐えた匂いのする部屋で吉蔵に抱かれることに喜びを見出しているのだ。だから初老のパトロン男に抱かれ、「おまえは腐ったネズミのようなにおいがする」と言われたとき、ほのかな笑みを浮かべた。おそらく彼女は吉蔵とともに腐敗臭にまみれることで彼と一体化できていると実感しているのだろう。
だが、そうした愛欲の日々の中、吉蔵は疲労困憊。一方、定は寝入った吉蔵の男根を握って次の情交を待っている。物悲しい雰囲気の中で、定は性交に取りつかれている。吉蔵の首を腰ひもで絞めると陰茎が固くなり快楽が高まるのだ。
そういえば筆者の知り合いに、独身のころ仲間内でダントツの美女と交際・同棲していた男がいる。2人は別れてしまったのだが、彼は20年後その美女のことを語ってくれた。
「彼女は異常なほど嫉妬深く、そしてセックスが好きだった。俺が『〇時の電車で帰る」と電話すると、何時何分に帰宅するかを計算。たとえ5分でも遅れたら、玄関で待ち構えて『どこかで浮気してたんじゃないの?』と俺のズボンのジッパーを開いてイチモツを取り出し、匂いをかいでチェック。そのまま玄関で口に含んでいた」
筆者はこの話を聞いて阿部定タイプの女が実在することを初めて知った。
有名なのが定が吉蔵あてに書いた遺書の文言だ。
「私の一番好きなあなたが死んで私のものになりました。私も直(す)ぐ行きます」
彼女は惚れた男に自らマインドコントロールされ、心身ともに隷従し、そのあげく吉蔵への独占欲に縛られたのだろう。
いずれにしろ、この「愛のコリーダ」は男女の性愛の相克が事件当時の世相と相まって、現代の観客を引き付けた。着流し姿の吉蔵が一人で町を歩き、陸軍の兵士たちの行進とすれ違うのは軍部が力を強め、日本をミスリードしていった暗黒の時代を表現している。実際、この年の2月に二・二六事件が起き、青年将校たちが政府の重鎮ら4人を殺害して立てこもった。翌37年7月には盧溝橋事件に端を発した日中戦争が起き、当時は「支那事変」と呼ばれた。人々は「満蒙は日本の生命線だ」というスローガンを妄信し、侵略行為を「聖戦」として賛美。一部の戦争反対を唱える人々は弾圧を受けた。そうした暗鬱とした世相の中で起きた男根切断は衝撃的だった。
坂口安吾は随筆「阿部定さんの印象」でこう書いている。
「あのころは、ちやうど軍部が戦争熱をかりたて、クーデタは続出し、世相アンタンたる時であつたから、反動的に新聞はデカデカかきたてる。まつたくあれぐらゐ大紙面をつかつてデカデカと煽情的に書きたてられた事件は私の知る限り他になかつたが、それは世相に対するジャーナリストの皮肉でもあり、また読者たちもアンタンたる世相に一抹の涼気、ハケ口を喜んだ傾向のもので、内心お定さんの罪を憎んだものなど殆どなかつたらう。」「まつたく当時は、お定さんの事件でもなければやりきれないやうな、圧(お)しつぶされたファッショ入門時代であつた。お定さんも亦、ファッショ時代のおかげで反動的に煽情的に騒ぎたてられすぎたギセイ者であつたかも知れない。」
ちなみに本作で吉蔵の妻役の中島葵が性交する場面があるが、撮影に立ち会った関係者によるとこれは大島監督が突然頼んだもので、中島は女優魂を発揮してハードコアに挑戦。撮影後に感極まり、スタッフにすがりついて大泣きしたという。また、定と吉蔵の祝言の場面でウグイスの形をした張り形を股間に挿入される若い芸者は京大の現役学生で、恋人とともに撮影現場に現れたそうだ。