KT

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金大中に重りをつけて海に沈めようとしたKCIAと彼らに協力した自衛隊員

KT(2002年 阪本順治監督)

一昨日(6月30日)、東京・千代田区にあるホテルグランドパレスの営業が終わった。1972年2月の開業から49年間営業を続けてきた。まさに半世紀である。このニュースを聞いてもう一度見たくなったのが金大中事件を描いた本作だ。事件はこのホテルの22階で白昼堂々と起きた。劇中では「グランドパーク」の名になっている。「KT」は金大中のイニシャルだ。
1973年、韓国大使館の金車雲(キム・ガプス)は朴正熙大統領の意を忖度する格好で民主化運動の指導者として日米間を行き来していた金大中(チェ・イルファ)の暗殺に動く。日本で活動するKCIA(大韓民国中央情報部)幹部の厳命を受けてのことだった。
同じころ陸上自衛隊幹部の富田(佐藤浩市)は上官の指示で東京都内に興信所を開設。その富田を金車雲が訪れ、金大中の居所を調べるよう依頼する。一方、金大中の周辺は在日韓国人2世の金甲寿(筒井道隆)を柔道三段の実力を見込んでボディガードに雇い、金大中の警護を強化。夕刊紙記者の神川(原田芳雄)が金の単独インタビューに成功し、その神川に富田が「金大中の居所を教えてほしい」と要請するなど、人々の動きが活発化する中、富田は金大中がホテルグランドパレスに現れることを知らせ、運命の8月8日を迎えるのだった。
冒頭は70年11月25日に三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で起こした割腹事件から始まる。マスコミが取材に詰めかける中、富田は静かに一輪の菊の花を現場に捧げ、質問しようした神川を殴りつける。富田は三島とともに決起したメンバーらと憲法改正のクーデターを企てていた右派系の人物。神川は戦時中、特攻隊に志願しながら生き残り、今は何も信じる気はないというニヒリスト。対立するキャラの2人の周辺で日本の支援者を集めて講演する金大中や、韓国民主化運動で警察の拷問を受け体中に焼きごての痕が残る若い女性などが動き回る。ただ、一種のクライムサスペンスではあるが、実在の事件だけに最後まで淡々と展開していく。
金車雲が富田のほかに日本のヤクザに暗殺を相談するのは戦後の日本で在日韓国人が裏社会に根を張っていたということ。彼らは強力な情報ネットワークも持っていた。不思議なことに「尊皇絶対」を叫ぶ右翼の顔も持っている。金車雲の「金大中暗殺に失敗すれば私は殺される。私の家族も殺される」という言葉は当時の工作員の非情な現実を表している。いま日本で暗躍している北朝鮮の工作員も同じ運命だろう。密命を果たせなかった場合、公開の場で砲弾を浴びるのかもしれない。軍事政権の韓国は恐ろしい時代だった。
金大中が下着一枚で重りをつけられ、海に投げ込まれそうになる場面も恐ろしい。彼ら工作員は何の迷いもなくミッションを実行しようとする。ある工作員は「ヤツ(金大中)を殺せば、俺は出世できる」と独り言まで言うのだ。
富田のモデルは実在する元自衛官で、「金大中氏事件の真実」(岩波書店、83年)は事件の協力者として実名で記している。本人は軍事専門誌などで事件とは「まったく無関係」と否定しているが、阪本監督は狂言回しのように動かした。
金大中の自伝「いくたびか死線を越えて」(千早書房、98年)によると、誘拐の実行犯は彼を殺害したあと死体を切り刻んでリュックに詰め、ホテルから運び出す手はずだった。本作でKCIAの工作員が裏切り者と糾弾され、ブルーシートの上で殺害される場面はその手口を暗示している。また、金大中はグランドパレスから誘拐される際、エレベーターで日本人の男性客2人と乗り合わせ、「殺される。助けて」と訴えたが無視された。のちにこの日本人は「ヤクザの抗争じゃないかなぁ」と思ったと弁明している(「金大中事件全貌」毎日新聞社、78年)。
2019年11月に第20回東京フィルメックスの特集上映が行われた際、阪本順治はこの「KT」の製作意図について「何かを告発しようというのではなく、守る側と罪を犯す側を描くのが目的」と語った。また公開当時、金大中から「ほとんど、この通りでしょ」とのコメントをもらったことを明かしている。当事者が事実関係を認めたという観点から本作をあらためて鑑賞すると、他国に工作員を派遣して政敵を抹殺しようとした朴正熙政権のおぞましさを皮膚感覚で感じ取ることができる。
金大中が助かったのは当時のキッシンジャー米国務長官やハビブ駐韓大使などが動いて、自衛隊機が出動したからだった。劇中で描かれたとおり、日米の政治家たちは金大中暗殺が起きることを知っていた。知っていたが、直前まで阻止できずにいた。だから金大中は当時の田中内閣が事件を政治決着でうやむやにしたことを批判した。劇中、縛られた彼が「私は国民のためにすべき仕事が残っています。サメに体の半分を食いちぎられても命だけは残してください」と神に祈る場面は感動的だ。金大中の命懸けの活動が韓国に民主主義をもたらしたのである。

蛇足ながら

金大中事件が起きた73年当時、筆者は片田舎の中学3年生だった。当時、日本のメディアは初めて韓国がKCIAの暗躍する独裁体制であると報じた。そうした報道を受けて周囲の大人たちは韓国を暗黒の国家としてとらえていた。学校で進歩的な教師が「韓国では親兄弟にも自分の思想を語れない。密告されて拷問を受けるからだ」と話していたのを思い出す。「戦前の日本と同じだ」との声も上がっていた。
自分に従わず脅威になりそうな人物の殺害をもくろみ、民主主義を求める国民を弾圧した独裁者・朴正熙は金大中事件の6年後の79年10月、金載圭中央情報部長によって射殺された。金大中を殺せず、自分が暗殺されたとは皮肉な話である。
その朴正熙の娘・朴槿恵を12年の選挙で韓国国民が大統領に選んだとき、筆者はいささか愕然とした。戦前の平沼騏一郎をまねて「韓国の天地は複雑怪奇なる新情勢」と嘆息。17年に朴槿恵が逮捕されたときはもっと愕然とし、「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として。二度目は喜劇として」とつぶやいたのだった。

コメント

  1. 左門 新 より:

    いやー、筆致にしびれますね。すご過ぎる。広く読者、特に若い層の獲得にはマイナスになってしまうかもしれないですけど。

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